マツリノ気恥ずかしい日記帳

こんな事を赤裸々に語ってよいのだろうか

良作に出会おうとして駄作に遭遇してしまう件について

クリエイターを名乗る方々がとてもとても大勢いる現在、世に送り出される作品の出来不出来は玉石混淆、そしてそれを前もって知ることの出来るサイトも多数存在する。
あらすじ・ネタバレを記述したサイトを避けた場合、良作だけに出会い続けることは不可能だろう。
売れているからというだけでは購入する理由には乏しすぎる。
しかし無名の作者による作品が良作の可能性は限りなく低く、良作であっても購入者本人の趣味に合うかは別の話だ。
リスクを少なくした手段を選択し安定した結果を望めば、高確率で平凡な結果が転がり込む。
当たり前のことを当たり前に積み重ね、平和な日常を謳歌するのが常識的な選択というものだろう。
好き好んでリスクを負うような人間は大抵が遠からず破綻する。
ハズレの確率が大きい博打を続ければ、高確率で負債を負うことになるのは当然だ。
それでもスリルを求めてしまうのは、博打に勝ったときに得られる報酬に目がくらんでしまっているのか。
リスクを避ける日常に慣れた一般人にとって、リスクを度外視した情熱的な行動はさぞ魅力的に見えるのだろう。
例えそれが創作物によってもたらされたスリルであっても。
しかし、購入した書籍やDVDなどのメディアがハズレかもしれないというスリルは違うと思う。
有象無象の作品群から大当たりを引き当てるのはヒントなしではどう考えても不可能だ。
紹介サイトは広告と同様で、ただひたすら売り込むことに必死になっていて正しい評価を伝えようとしている意思がまるで感じられないサイトもある。
信用できそうなサイトもあるにはあるが、頭が良さげな評論家が運営しているサイトはダメっぽい。
小難しい理屈で説得しようとしている雰囲気はどうにも好きになれそうに無い。
感性が比較的近い人が薦める作品だと、当たり前の話だが好みの作品の場合が多い。
問題はそのような感性の持ち主を探し出せるかということか。
嗜好パターンなどからサクッと適合率とか評価予想を割り出せればよいのだが、技術的に出来ても普及させてくれるだろうか。
せめて大ハズレなのを自覚しながら必死に宣伝するようなサイトをより分けられればよいのだが、そういう人は新規サイトを乱立させることで対応しそうだ。